+++ WEB拍手創作<ロト紋>No.1〜No.10 +++

拍手創作 No.1 ポロン×サクヤ


額の第三の目をゆっくりと閉じる。
瞳と同じ色の光が名残のように洩れて、すぐに消滅した。
ほんのり見えていたラインもすぐに消えて、そこはただのつるりとした額に見える。
封じた瞬間、すこし頭がふらつくような感じがしたが、これまでは三つの目で世界を見ていたのだ、ある程度は仕方がないのだろう。
以前だって二つ目から三つ目に慣れたのだ。今度は減ったのだから程なく違和感は消えるはずだ。
それに、額の第三の目が失われたわけではないのだから。
「何だか不思議な気がします」
そう言ってサクヤは微笑んだ。
この場にいるのはポロンとサクヤ、二人だけだ。
本来の役目を終えた以上、賢王でいる必要はない。
ポロンはそう考え、第三の目を封印することにしたのである。
それになにより三つ目は目立つ。普段は頭冠で隠せるとはいえ、常につけていると邪魔なのだ。
封じれば魔力を見る瞳を失うが、呪文が使えなくなるわけでもないし、日常生活に支障はない。
封印は一人でもできたが、ポロンはサクヤに立ち会ってもらうことにした。
大賢者でなく、ただのポロンに(もう元の名に戻すつもりはない)戻る瞬間、そこにいてほしかったから。
それと、ちょっとした目的のため。
「サクヤ」「はい」
ポロンはどきどきしながら、サクヤに小さな花束を手渡した。
はっきり言えば、あまり見栄えのする花束ではない。
しかし彼が自ら摘んできた野の花たちは、寄せ集めとはいえ精一杯の彩を主張し、何よりも彼の心を代弁していた。
「本当は薔薇とか用意したかったんだけどさー」
さすがにムリで、と照れたように笑うポロン。
「いいえ……いいえ、ポロンさま。サクヤは嬉しいです。……ありがとうございます」
サクヤが頬を染めてお礼を言うと、ポロンも赤くなった。
「ち、小さくてゴメン」
「そんなことは関係ありません。サクヤは、本当に嬉しいんです」
サクヤはポロンの目をじっと見つめた。
ポロンは口の中でごにょごにょ言った後、頭に手を当てて意味もなくあはははは〜と笑った。照れ隠しだろう。耳まで真っ赤だ。
サクヤは優しい目で、そんなポロンを、大好きな人を見つめていた。

賢王のポロンさまでもご存知ないのですね。
女の子にとって、好きな人から貰う花束は、それだけで特別なんですよ。


拍手創作 No.2 アラン×アステア欺エロ


「あ……あっ」
「……」
「っ……!」
「……お前がしろって言ったんだろうが」
「や、でも……ああっ!」
アランは乱暴な手つきを止めようとしない。
アステアの緊張はどんどん高まっていく。
「ダメ……そんなところ、そんなふうに……」
「どうなっても知らないって、俺は最初に言ったぜ」
「や、あ、そんなに力入れたら……ッ!!」

ぐしゃ。

沈黙と甘い香りが周囲を支配した。
アステアが呆然と下を見て呟く。
「僕のケーキ……」
「つぶれたな」
厨房の床に、奇妙なデコレーションをされた上に、落とされ潰れたケーキがひとつ。
呆けていたアステアの両腕がぶるぶると震え出す。そして、アランをきっと睨み付けた。
「……どうしてくれるんだよ!」
「そもそもデコレーションは俺なんてワケのわからん役割分担を決めたのはテメエだっ!!」


期待した人、ゴメンねv


拍手創作 No.3 パラレル予告風


「将軍、お手合わせ願えるか?」
「貴様……ドラグフィアの女王! 何故戦場などに…ッ!」
向かい合った傭兵のような格好をした女は、百戦錬磨の将軍の視線に怯えもしなかった。
「私がどこに現れようと、貴公には関係のないことだ」
驚愕が去れば、さすがに将軍だった。竜王将は余裕を取り戻して、笑みの形に頬を動かす。
「ロト・ドラグフィア……女王アステア、か。ふふ……相手にとって不足はない」
「軽々しく私の名を口にするな」
二人はゆっくりと剣を構えた―――

「将軍の……仇!」
つめたく光る刃が真っ直ぐアステアに襲い掛かる!
その切っ先が彼女の喉に達する寸前、曲者の剣は何かに思い切り跳ね上げられた。
「……!」
男の喉に、女王の剣が突きつけられている。
近衛兵が慌てて男を取り押さえる。
男は悔しげに顔を歪めながら、それでも女王の顔を睨み付けていた。
「陛下!ご無事で!」
「……面白い。お前」
剣の切っ先を向けたままアステアは言った。
「私と試合え」

「捕虜……アランと申したな」
「はい」
アステアは花のような笑顔を見せて言った。
「今宵の夜伽を命ずる」
「…………はっ!?」
昨日以上の驚愕を得て、アランは思わず凍りついた。

ドラグフィアの“氷の女王”アステア。
身分的には敵国の小隊長にすぎず、捕虜となったアラン。
まるで立場の違う二人。その出会いはいずれ世界を揺るがすことになる……。
パラレルアラアスストーリー、乞うご期待!


嘘予告。ドラグフィアはアレフガルドの逆読みです。


拍手創作 No.4 ジャガンシリアス


彼が滅ぼした国は、赫い炎に焼かれ、三日三晩燃えつづけた。
夕方のように色づいた北の空を、彼は飽きもせず眺めていた。
「面白いか?」
「いいや」
まだ十にしかならない魔王は、炎をじっと見つめながら言った。
「だが、あの色はきれいだ」
魅入られたように炎を見つめつづけるジャガンを見て、竜王は面白そうに笑った。
魔人王になったばかりのジャガンの、初出陣の目付け役にされた時は、嫌な仕事を振られたと思ったが……なかなかどうして、末恐ろしい子どもだ。
無駄のない用兵と、ジャガン自身の冷徹さ、残虐さは見るに値するものがあった。
人間は寿命が短いが、その分恐ろしく成長が速い。特にジャガンは急激な成長をするタイプに見えた。
異魔神様の役には立つだろう。しかし。
(うかうかしてはおれぬな……)
子どもであろうと、名目上は既に対等なのである。警戒はしておくべきだ。
だが今、ひとつのことに集中している姿は、やはり子どもなのだと思えたが。
「人間の街の空を、すべてあの色に染め上げた時、この世界は我らの……異魔神様のものとなる」
「ああ……」
その時を想像したのか、幼くも邪悪な面が、虚ろな歓喜の笑みを浮かべた。

「楽しみだ」



拍手創作 No.5 ジャガン(アラン)×アステア童話風


ここではない、いつか、どこか。
ローランと呼ばれる地に、呪われた名を持つ少年、ジャガンがおりました。
彼は異魔神に与えられた呪われた名のせいで、毎夜悪夢にうなされ睡眠不足でした。
ですから、彼の目の下にはいつも、くっきりと黒いクマが浮き出ていました。
彼は呪われた子どもとして、人々に忌避されていました。
それでグレてしまったジャガンは、魔人王になってしまったのです。
魔人王として悪逆の限りを尽くしていたジャガンですが、ある日の事、彼は赤毛の少女に出会いました。
少女の名はアステアと言いました。
「寝不足なの?ちゃんと寝たほうがいいよ」「あ、ああ」
「眠れないときは、あっためたミルクとか飲むといい」
彼女はジャガンに優しくしてくれました。
優しく接してもらえるなど、ジャガンにとっては初めての経験でした。
けれどグレてひねくれてしまったジャガンは、その喜び、嬉しさを素直に表せません。いつもそっけない態度をとってしまいます。
それに―――もっと大きな問題もありました。
なんとアステアは勇者さまだったのです。
勇者と魔人王たるジャガンとは、決して相容れない存在です。
それでも彼女と一緒にいたい。
ジャガンは悩みました。悩んで悩んで悩みぬきました。
ジャガン自身は気づいていませんでしたが、それくらい彼はアステアに惹かれていたのです。
ジャガンは決めました。
今は異魔神に従ったふりをして、その間にこの呪いを解く術を探すことを。
この睡眠不足の目を更に腫らそうとも、必ず。



拍手創作 No.6 アラン×アステア


ある日のティータイム。互いに忙しい身の二人がゆっくり過ごせる時間と言うのは貴重だ。
いつものようにアステアが話を振り、アランが短く相槌を打って答える。
それが今日に限って破られた。
アステアが突然「うわ何それ。許せない」などと呟いたのだ。
アランが疑問を口にするより早く、アステアがアランの手を取った。
それはあまりに唐突だったため、彼にしては珍しく、中身の入った茶器を取り落としかけた。
「おい……」
アランの抗議に気付いていないのか、アステアはじっとアランの手を凝視している。正確に言えば、その指先を。
「アラン……」
アステアのやや低めのトーンが、妙に響いて聞こえたのは気のせいではない。
のろり、と顔をあげた彼女は、何故か傷ついたような表情をしていて、口調は悔しげにこう言った。

「私よりきれいな爪の形……!」

何を言われるのかと戦々恐々としていたアランは、外せるものなら顎の骨を外していただろう。
呆れ返った表情が彼の思いの全てを物語っている。
「爪ってお前……」
何でその程度の事、とでも言いたげな呟き。
アランは自分の爪の形をじっくり眺めてみる。やや長く、形の揃った普通の爪だ。
羨ましがられるようなものか?と首を傾げる。
「アランの指が私のよりきれいで長いのとかはいい。性別が違うんだし仕方ない。でも!」
アステアはアランの目の前に自分の手を付き出してみせた。
剣を持つ手ゆえにややごつごつしてはいるが、白くすべらかな手だ。
爪は、丸く小さな形をしていて。
アランはそれをとても愛しいと思ったのだが。
「男の癖になんでそんな理想的な形なの〜っ!」
彼にとってはひたすら理不尽な妻の怒りだったが。
……反論するのは自殺行為だなぁ、と悟ったアランは、とりあえず宥めにかかることにした。



拍手創作 No.7 キラ×ヤオ+リー


「ただいまー」
「キラ、おかえりなさい」
「おう……ってあれ?」
キラはいつもなら必ず突撃してくる筈の小さな台風がやってこないことに気付き、拍子抜けしたような声をあげる。
ヤオにしても同様だった。キラを見て、それから奥の部屋に視線をやった。
二人の息子リーは今やんちゃの盛りで、見張る大人が目を回すくらい常に動き回っている。
幸いキラもヤオも常人以上の体力があるからなんとか付き合ってやれるのだが、恐らく普通の親であれば倒れるのではないか、というくらいよく動く。
言葉も覚え始めたものだから、ますます騒がしいことこの上ない。
リーの最近の趣味(?)は、帰ってきた父親に体当たりをかます事だ。
キラが帰るなり、「とーちゃんおかーりーー!」と叫びながら飛びついてくる。
キラはそれを柔らかく受け止めてやり、抱き上げて「ただいま」と言うのが恒例行事だったのだが……
「……こねーな」
「リー、お父さん帰ったわよ、リー?」
呼びかけても返事が返ってこない。ヤオは大鍋を火から下ろして、奥の部屋に向かった。後ろにキラも続く。
「リー?」
「寝てるのか?」
部屋を覗くと、寝台の上にリーがうつ伏せで眠っていた。
二人は子どもを起こさないよう慎重に足を進めた。
ヤオがリーのちいさな額に手を伸ばす。
「やだ、熱があるわ。――風邪かしら」
うーと唸りながら身じろぎしたリーを抱き上げて、額同士を触れ合わせる。
「……やっぱり」
「リーでも熱出したりするんだなぁ……男の子の方が育てにくいって聞くのに、これまで病気一つしなかったからなぁ」
妙なことで感心しているキラに、ヤオのぴしゃりとした声が飛ぶ。
「キラ、そんな暇あったら」
「分かってる。とりあえず冷たい水汲んでくる。」
「お願い」
ヤオは祖父ファンにリーの容態を診てくれるよう頼むと、自身は大急ぎで手ぬぐいだの熱冷ましの薬草だのを調えはじめた。
ファンの診立てではやはり風邪だろうということだった。
気功は病にも効果がある。ただ今回は熱だけなので、逆にそう大したことはできない。
ファンはリーの体内の気の流れを整えてやり、後はニ、三日寝ておればいいと告げて、可愛いひ孫の頭をぽんぽんと叩いた。
「遊び疲れて、汗をかいたまま眠っっちゃったのかしらね」
「ありえるな」
元気過ぎるのが裏目に出たのかもな、とキラは苦笑した。
「でもこれじゃあ、明日は駄目ね」
「うーん、ま、仕方ない。アイツは残念がるだろうけどな」
「今夜は私が看病するから、キラはもう寝て。寝不足で顔出せないでしょ」
「悪い。そうするわ。……おやすみ、リー」


「リーが熱出した? 何年振りだ……」
「五年か六年ってとこね。前の時も出かける前日だったわよね」
「タイミング悪い奴だなーリー」
「うるさい」
リーが膨れっ面で呟いた。本気で悔しいらしく、何やらもごもごと可愛らしい罵倒が聞こえてくる。
まだ口をきく余裕はあるようだが、身体が思うように動かないらしい。
「絶対……アロスに、会いに行く……勝負……」
「ムリだって。体力のかたまりのお前がかかっちまった風邪だぜ? そこらの風邪よりよっぽど根性のある奴だ。ゆっくり治すしか方法はないぞ」
キラが諭すと、リーはくぅ〜そぉ〜と地を這うような言葉を吐いて、黙り込んだ。
「お前の贈り物は?」
リーはのろのろと腕を動かし、机の上を指した。そこに小さな箱が乗っている。
ちゃんと渡しといてやるからな、という父の声が遠くに聞こえる。
……自分で渡したかったのに。絶対に今日中に治してやるんだから。
固い決意を呑み込むかのように、忍び寄ってきていた睡魔がリーに襲いかかる。
「土産買ってきてやるから、おとなしく寝てろよ」
キラは自分に似たかたい髪質の息子の頭を撫でてやった。
リーは薄目を開けて父親を見て、再び目を閉じた。
「さあキラ、準備しないと」
「そう持って行くもんもないだろ?」
「あなたの物はね。でも……」
リーはまどろみながら自分の側を離れていく両親の会話を聞いていた。
……そう、その時は思いもしなかったのだ。もちろん誰一人予測できた者はいなかっただろう。

―――二年の月日が過ぎた。約束の土産は、未だリーの元には届かない。


リー幼い頃&ラダトーム集団蒸発事件前日。母親も消えてた!



拍手創作 No.8 アロス


夢を見た。珍しく悪夢でない夢だった。
凪の湖(うみ)のような、何もない、静かな夢だった。
それなのに何故、僕は泣いているんだろう。
声が出ない。嗚咽すらも起こらない。涙だけが目からぼろぼろととめどなく流れ落ちる。
目覚めた瞬間に喪われた夢は、記憶に残らずとも心に働きかけたらしい。
僕はどんな夢を見てたんだろう。
今も頭のどこかに隠れている、幾百幾千ものなくした記憶の欠片だったのだろうか。
僕の知らない『アロス』の、幸せな記憶だったのか。
僕はアロスなのに、『アロス』の記憶を持たない。なら僕は『アロス』なのか?
―――『アロス』とは誰だ?

……一つだけ、思い出した。
夢の中で誰かが僕を呼んでいた。アロス、と。
痛みと諦観しかないこの心に、切なさとしか名づけられない感情をを呼び起こす―――僕を、呼ぶ、声。


初の継ぐ紋創作。アロスの性格や一人称が判明する前に書いたもの。



拍手創作 No.9 ラダトーム城


国王の執務室を訪ねてみると、本人はそこにいなかった。
途方にくれたように、何人かの文官が立っている。
彼らはアステアの姿を見ると、天の助けとばかりに駆け寄ってきた。
「どうしたの。アランは?」
「陛下は印を取りに行くと言い置いて出ていかれました。そのような雑用は我らにお任せ下さいと申し上げたのですが……」
聞く耳持たず、適当にあしらって出て行ってしまったらしい。
気持ちは分からなくもない。ずっとこんな紙と格闘していては気も滅入るというものだろう。
しかしそうなったら普通、王の後を追っていくものだが……問うてみると、あの方に睨まれて逆らえるのは、妃殿下とソフィー殿、後は長官級の何人かだけです、と返されて、アステアは苦笑した。
確かに一介の文官が、殺気に近いアランの睨みに耐え逆らうのは無理というものだろう。
機嫌の悪いときならばなおさらだ。
「まぁ、息抜きの口実だろうね。アラン、今日はここにずっと詰めてたから」
「それでももう半刻経ちます。休憩以外でこれほど長くここを離れられるなんて、いつもはないことです」
「それは……珍しい」
彼は仕事を放り出していくような人間ではない。それは彼女が一番よく知っている。
考えられる理由としては、途中で誰かにつかまったのか。
「誰か、呼びにやった?」
「は、これから……」
「じゃあ私が行ってくるから、待ってて」
文官達が何かを言う前に身を翻して部屋を出る。
「妃殿下ー!妃殿下がなさることでは……っ!」
我に返った文官達が慌てて部屋を出た時には、アステアの影も形もない。
国の主たる二人に雑用めいた事をさせる羽目になってしまった彼らは、諦めつつがっくりと項垂れた。




拍手創作 No.10 ラダトーム城 アステア+アラン+アロス


アランを探して彼の自室やいそうな部屋をいくつかまわったが、全く見あたらない。
彼が取りに行くと言って出ていった理由である印璽は自室の定位置になかったから、どこかですれ違ってしまったのだろうか。
アステア自身も忙しい立場だ。早く仕事に戻らなければならない。
息抜きも兼ねてアラン探しに出たが、結局見つけられずに時間だけが過ぎていて、これでは戻ってこない彼と同じだ。
「仕方ない、誰かに任せるか……」
はぅ、とため息をついた彼女に声をかけてくるものがあった。
アロスの世話を担当している侍女の一人だ。
妙に笑いをかみ殺そうとしているような表情が気になったが、相手の話を促す。
「王妃様、実は……」
数分後、双子の部屋へと走る王妃の姿があった。

「アラーン、何してるのかな」
「見てわからんのか」
「アロスとにらめっこ?」
アランは無言だったが、額から頬にかけて汗がしたたり落ちていった。
アニスを抱いてあやしている乳母が、時々微笑を浮かべながら国王の姿を盗み見ている。
忙しく立ち働く侍女達もそうだ。
見たくもなるだろう。こんなのは滅多に見られない光景だ。
「アロスー、こっち見て、お母様ですよー」
母親の声にも反応しない。アロスはひたすらじーーーっと父親の顔を見つめている。
アランはアロスを腕に抱いていた。
やっと首がすわったばかりの赤ん坊を、意外に危なげなく支えている。
それだけならよく見る光景だったのだが、今回は少し事情が違っていた。
アロスが大きな目を開いてアランの顔を凝視していて、うっかり見返してしまったアランも視線を外せなくなったのだ。
父親の顔を覚えようとしている……というよりは興味が一つに集中しやすいのだろう。
殆ど身動きせずアランを見つめている。
そして視線を外すに外せなくなったアランは完璧にかたまっている。
「この状態になってから、どれくらい経つの?」
「かれこれ半刻かと……」
計算は合う。印を持ち出した後、何気なく子どもの顔を見に来てアロスを抱き上げてやり、そのまま今の状態に突入してしまったということか。
「どうしよう。ほっとこうか?」
「ちょっと待てアステア! 助けろ!」
「でも助けろって言っても……ねえ?」
アステアが可愛らしく首をかしげると、侍女達が控えめだが楽しそうに笑いさざめいた。
「アロスの興味が別のものに移るまで頑張ってみたら? 文官達には言っておくから。あと一刻くらいは手が離せないみたいって」
「アステアー!!」
視線はアロスから離さないまま怒りの声をあげるアラン。正直、かなり笑える。
「アロスに怒ってもしょうがないでしょ。泣くよ」
アランはぴたりと口を閉じた。一度アニスを抱き上げた時に大泣きされて以来、泣く気配にはやたら敏感になっている。
泣かれた方が侍女や乳母に子ども預けられるから、ある意味そっちのほうが良いような気もするけど。
アステアはそう思ったが口には出さず、侍女達に後は宜しくと手を振って部屋を出た。
「とりあえず、アランの分の仕事、私がやってもよさそうな分はやっておくかな」
面白いものも見られたし、さあやるぞ! と王妃様は気合いも新たに仕事に臨むのだった。


No.9の続き。王様が仕事に復帰できるのはいつか。




2005.2.18 No.1〜No.5up  2005.5.28 No.6〜No.9up  2005.7.20 No.10
文責 イーヴン