+++ ロト紋祭参加作品 +++

 † 髪を梳く †

 2004.2.4 投稿

「アステアの髪は強情だなぁ」
そう言って、アロイスは笑いながら妹の髪をくしゃくしゃと掻きまわした。
「おやめください、お兄さま!」
やや舌ったらずな声が抗議する。
「気にしているのです!」
「ははは」
「ははは、じゃないのー!」
一生懸命作法通りにしゃべっていたアステアだったが、思わず街の子どもと遊ぶ時の口調に戻ってしまい、慌てて口を押さえた。
やや恨みがましそうに、上目遣いでアロイスを見る。
「別に気にすることはない。僕と話すのに疲れるような話し方をすることはないよ」
アステアは一瞬む、と唇を引き結び、
「つかれたりなどしません」
と、小さな体にせいいっぱいの『威厳』を込めて言った。
アロイスは納得したように頷いた。
「そうか、アステアの髪が強情なのは、性格が強情だからだったんだな」
「お兄さまー!」
「はいはい分かったよ」
あやすようにぽんぽんとアステアの頭を軽くたたく。
アステアは肩まで伸びた自分の髪と、兄の髪を見比べた。
全然質が違う。兄の髪は柔らかすぎることも無く、また彼女の髪のように固すぎることも無い。
四方八方に散らばって綺麗におさまってくれないやっかいな自分の髪が、アステアはあまり好きではなかった。
「……お兄さまみたいな髪がよかった」
「僕はお前の髪の色も、手ざわりも、大好きだよ」
「……」
アロイスは妹のおさまりの悪い髪を手ぐしで梳いた。
「お前が年頃になったら、長く伸ばした髪を結い上げよう。きっと似合う」
「ほんとうに? 結える?」
「ああ、大丈夫。僕が、お前の兄が保証しよう」
そう言ってアロイスはにっこり笑った。
アステアも、嬉しそうににっこり笑った。

アステアは手ぐしで自分の髪を梳いた。
首の辺りで空を掻く。ぎゅっと拳を握り締める。
「もう、髪は結えません、お兄さま」
思い出にそっと目を閉じて―――次に目を開いた時、アステアは既に勇者の貌(かお)になっていた。



 † 変えられぬ誓い †

 2004.2.13 投稿

私は私の信ずる正しきを為している。

ヒュッ、ヒュッと、鋭く風を斬る音と、短く吐き出される呼気。
剣は幻の敵を裂いて、静かに主の腰へとおさまった。
目を閉じて呼吸を整える。上下していた肩が何事もなかったかのようにすうっ、と動きを止める。
背後に気配を感じて、彼は目を開けた。
「……アロイス様」
「おまえか。……あれに剣を教えているのはお前だな?」
「男の剣では意味がありませぬゆえ」
背後の声は女性。落ちつきはらったその声が、アロイスには何故か腹立たしかった。
「あれが戦場に出る事はない。―――出させない。身を守る剣で十分だ」
「私もそのように申し上げてはみたのですが」
「……」
「御意思は固く」
アロイスの腰の剣が、かちゃりと音を立てた。
まるで、彼の動揺や苛立ちを示すかのように。
「アロイス様」
「……」
「あなた様はお強い。技術体術だけでなく、意思も、そのお心の在りようも」
「なにが言いたい?」
「『守れる』ということが、強さなのではありません」
女性の声は淡々としている。
ともすれば爆発しそうになるアロイスの熱を、冷風のようにすぐ側を通り過ぎて冷まさせる。
自分の未熟さをあらわにさせられるようで―――彼女は苦手だ。
「受け入れることを覚えられてはいかがですか」
辛辣な諫言だ―――けれど、『それ』だけはできない。
もう、ずっと昔に決めたのだと、アロイスは心の内で呟く。
「……誓いを簡単に破るようでは、ラダトームの主として失格だろう」
女性がかぶりをを振ったらしき気配がする。
「掌中の珠……今はあなた様の光を受けるもの。しかしどんなに隠そうとも、いずれは自らの内より光を放つものとなりましょう」
それはまるで、予言のように響いた。

「そうだとしても……」

私は私の信じる正しきを為すだけだ……。



 † 地上の必需品 †

 2004.2.27 投稿

アステアは困っていた。
「あのさ、ソフィー。いくらなんでも……」
「いいえ。はいと仰るまで私はここを動きません」
いつもは眠そうな目に強烈な光を湛えて、ソフィーはアステアを見据えている。
「そこにいられると、旅の扉に行けないんだけど」
「存じております。だから通せんぼしているのではないですか」
アステアはさらに困っていた。
「ソフィーなら分かるだろう? ……僕は地上に行かなきゃならない」
「今すぐである必要性は認められません」
「今行かなければいつ行ける? 一時とはいえ、竜王軍が混乱してる今が」
「そんなことは分かっております」
ソフィーは譲らない。彼女は本気だ。アステアが頷くまで、決してここから動かないだろう。
無理矢理突破するのも一つの手だが、彼女はアステアの剣の師でもある。
年季の差で、何より気迫の差で間違いなくソフィーが勝つとアステアは思った。
普段は実力差のある人間に対しても、こんな気弱なことは考えないのだが、アステアははや脱力気味だったので、無理だと早々に判断したのだ。
(黙って出てくるんじゃなかった……)
アロイスを失った今、旗印となり得るのはアステアしかいない。
ラダトームどころかアレフガルドを離れるなどと言ったら、どんなことになるか。
だから黙って抜け出してきたのだが。
まさか、こんな理由で道行を遮られることになろうとは思ってもみなかった。
「いい加減諦めてよ……」
「イヤですダメです聞く耳もちません。さあ、アステア様!」
「ソフィー」
「はい」
「必要最低限の荷は持ってる」
「これをお忘れです」
「それは不要な荷物!」
「アステア様には必要です!」
ものすごい剣幕に、アステアはびびって一歩退く。同時にソフィーが一歩前に出る。
ソフィーは息を吸いこんで、言った。

「地上の太陽光を舐めておられますか! 薔薇水に保湿液、日焼け止め用の薬草軟膏! 絶対に持って行っていただきますよ!!!」


蛇足。

(地上着いたら邪魔だし捨ててしまおう)
「アステア様、くれぐれも捨てたりなどなさらぬよう。戻られたらお肌の状態診ますから」
「…………」



 † 鈍い君。†

 2004.4.11 投稿

レイアムランドでさ、抱きしめられた時、ふわっと薔薇の香りがしたんだ。
それで、アレフガルドには男も香水つける習慣があるのかな?って。
……ヤオ、どうしたんだその顔。ポロンも料理こぼしてるよ。
「いや、その……なあ」
「うん、別にたいしたことじゃないの」
キラと二人で顔を見合わせる。そう言われたって、そんな変な顔されたら誰だって気になるよ。
「……そういうことよね、ポロン」「俺もそー思う」
二人で通じ合ってないで。だから何話してるんだい、二人とも。
ヤオとポロンは僕の顔を見て、はぁぁぁ〜っと、海より深く息を吐いた。
「どう思われますか、ルイーダさん」
「うーん、私としたことが! ってとこねぇ」
ヤオの問いかけに、ルイーダさんはちょっと悔しそうに答えた。でも同時に、楽しそうにも見えた。
「キラ、分かる?」「全然」
3対の妙に同情に満ちた目が僕を見つめてきて、さすがにちょっと腹が立った。



 † 魔の人の王 †

 2004.5.5 投稿

闇を心地良いと感じるようになったのは―――いつからだろうか。

突いて、払って、振りぬいて……ただ、斬る。
勝ちの見えた退屈な戦。
数で勝り、士気で勝り、純粋な力で勝る魔王軍に対し、人間のなんと脆いことか。
時折手応えのある敵もいるが、しかしそれもごくわずか。
故に彼は一方的な殺戮を、何度も、何度も、なんども―――

―――魔人王と呼ばれる少年は、木にもたれかかって座り込み、ぼんやり空を眺めていた。
太陽が眩しくて、目を細める。
それはどこにでもある、のどかで微笑ましい光景だっただろう。
……彼の周囲に夥しい数の死体が散乱したりしていなければ。
「殺しは厭わぬ」
ジャガンは呟いた。
戦いの熱情の残り火が、身体の奥でちらちらと燃えている。
金色の炎が瞳の奥で陽炎を立ち昇らせる。
「……厭うのは」
両の手を、そして身体をじっと見つめる。
光のもとでは不似合い過ぎる、その血塗れの身体。
ところどころ乾いて黒くなった血が、彼の身体に新たな模様を描き出す。
血と罪を闇で凝らせた魔人の王が、どうして太陽の光など浴びているのだろう。
ジャガンは笑いたくなった。
深い深い闇の底に堕ちてしまいたい。
そうすれば……もう、こんな色を見ずにすむ。
何も考えずにすむというのに。




文責 イーヴン 2005.1.13up