+++ 新国王即位 +++

非常に珍しい光景だった。アランが驚愕に顔を引きつらせて硬直している。
「……俺が……国王?」
「そう」
アステアはあっさりと肯定した。 そこは否定してほしかったのだが、アステアの返答は簡潔かつ残酷なものだった。
「ちょっと待て! お前が即位するんじゃなかったのか!」
「僕が君を連れ帰ってこなければ、そうなってたんだろうけどね」
アステアはやや苦笑ぎみに続けた。
「僕が即位して、君と結婚する。その筈だったんだけど……まぁ、会議でいろいろと……」

「ところで、私が王位につくのは覚悟してたし構わないんだけど……アランが国王になるという選択肢は、最初から除外されてるわけなのか?」
一瞬議場が静まった。そして再び細波立つようにざわめきが戻る。
しかし、覚悟していた非難めいた声は聞こえない。むしろ好意を持って受け止められているようで、アステアは逆に当惑してしまった。
『アステア様が至高の御位につかれるは喜ばしき事。なれど未だ不安定なこの時期、いずれ御結婚なされるのならば、むしろアラン様に王位についていただいた方が良いのではないか?』
以前からそんな意見は存在していたらしい。
だが即位を控えた王女に告げるには少し……ということで、アステアの耳には入らなかったのだ。
女王の治める国は少ない。地上世界にはイシスやジパングのような女系相続の国が存在するが、大多数の国は直系の男子が継いでいる。
冒険者を除けば、男女の仕事にはある程度明確な線引きがなされている。
上流社会でもそれは同じだ。基本的に男が力ある地位や立場につき、女は後ろに控えて護られる存在なのである。
「最初のインパクトはともかく、女王では『弱い』……いくら私がラダトーム王家唯一の直系で、ロトの血を引く者でもね。どうしたって、政治外交の世界は男の社会だから、それはよく分かってる。王になることを厭うわけじゃない。けれど後のことを考えれば、些か難しくても最初からアランに立ってもらった方が良いように思う」
そこまで言って、アステアは息をついた。議場内の全ての目がアステアに向いている。
「どうだろう? 意見を聞きたい」

「……王には直系のお前が立つのが当然だろ」
「君だってローランの直系じゃないか、王子様」
「王子言うな気色悪い!」
正装して黙って立っていれば一番王子様らしいのに、などという意見は心の中に秘めておく。
そう、今のような憂いを帯びた表情をした時は、特に。
「俺は……表に出るべき人間じゃない」
アステアはアランの顔を下から覗きこむようにして見つめた。
「結婚の申込みはしてくれたのに……?」
「あれは最大の譲歩だ! お前のために……」
俺自身のために、と呟く微かな声を聞きとって、アステアはにっこり笑った。
アランは自信家で自尊心も高い。その上で自分を客観視できる力を持っている。
故にアランは誰より強く優れた者で在ろうとし、なのにあの決戦後は決して表舞台に出ようとしない。彼自身の意思ではどうにもならなかったこととはいえ、過去の事実を消し去ることはできないからだ。
その彼が、唯一結婚だけは望んだ。悩みぬいて出した結論なのだろうが、それでも常にアステアの隣に在ることだけは願ったのだ。
「―――ねえアラン。君は自分が王に相応しくないと思ってる?」
「当たり前だ。この国にはお前がいる。ヨソモノの俺が敵う筈もないし、張り合う気もない」
「うーん……アランは自分の価値を低く見積もりすぎ」
「ここで産まれて、戦って、戻ってきたお前の人望と比べたらな」
「そうでもないんだよ」
アステアの否定の言葉がどこにかかっているのか判断しかねて、アランは眉を寄せた。
「君がここに来て1年と少し。君は真面目で、何事にも手を抜かないから」
「?」
「君がこの国のためにどれだけ尽くしてくれているのか、皆良く知っている、ってことだよ」
アステアが顔を近づけると、アランはとっさに退きかけたが、そっとアステアの頬に手を触れた。
こつんと額同士を触れ合わせると、頬に触れていたアランの手が耳元へすべり、後頭部に回って髪を撫でる。
「女王では駄目なのか」
間近で聞こえる息遣いとひくい声に、アステアは背中がくすぐったくなる。
それはきっと、アランも同じなのだろうけれど。
「駄目なわけじゃないよ。ただ、僕は若すぎるから。女ってだけでも侮られるのに、未だ20に届かない小娘だよ? ラダトームはアレフガルドで最も大きく歴史ある国だから、表面的には敬ってくれるかもしれない、けれど現実には一段低く見られるだろうね」
「お前も勇者の一人なのにか?」
「戦と政治は別物だ」
女は政治に向かないって思ってる人間は、想像以上に多いんだよ、とアステアは言った。
「だから悔しいけど、男王の方がいいんだ。国内だけでなく、国外に目を向ければ。君は勇者で男で、強さの象徴としても申し分ない。ちょっと愛想がないと思うけど、華はあるし覇気もあるし命令することに慣れているから、相手を圧倒できる。冷静で頭が良いから、迷っても正しい道を選び取れる。何より重要な決断力もある」
そこまで一息に言ってしまうと、アステアは黙り込んでしまった。
アランはアステアの髪の中に手を差し入れて、ゆっくりかき回すように撫でた。
「それで、俺を王にしたいと?」
「……うん。議会では……そういう方向……」
「お前は」
アランはくっつけていた額を離し、アステアの目を正面から見た。
「お前はどうして俺を王にしたい、アステア?」
「僕は……ううん、私は」
アステアはしばらく視線を周囲にさ迷わせていた。言葉を探しあぐねているのか、時折口をあけては閉じを繰り返し、やっとアランの目を見返した。
「女王になって、君がただの配偶者となったなら、対等の立場じゃないと思った。だから君に王様になってもらって、私は王妃になろうって。それなら対等だからって。でも、これは後付けの理由なんだ」
アステアははにかむように笑って、アランの耳元に唇を寄せた。
「私は君の側で、王妃様、って呼ばれたいの」


アラン降参。
個人的な設定ですが、アランは剣術指南、城の警備、城下の道の整備他、さりげなく色々仕事してます。
2004.11.21 イーヴン