+++ けむり +++

交易商人や行商人は、村に様々なものを落としていく。
それは物であり、情報であり、人の流れである。
かつて殆ど隠れ里のように存在していた剣王の里は、少しずつ住人を増やし、村と呼べる共同体を形成しつつある。
それに比例して、徐々に商人たちも訪れるようになった。
今はまだごく小さな村であるため、取引される品の数は少ない。
基本的に、食料や少しの嗜好品が取引の主な品目である。
その数少ない嗜好品の中に、キラはあるものを見つけていた。

てのひらで弄ぶそれは、銀製の細い管だ。銀製とは言っても両端がそうだというだけで、中央部分は別の材質で出来ている。商人はジパングの竹だと言っていた。長さは彼の手の大きさより、少し長いくらい。
装飾はなにもない。ただ『煙管』そのものの純粋な体を為していた。
傍に刻み煙草の入った煙草入れも置いてあるが、特に吸う気はない。
ではなぜ買ってしまったのだろう……煙管をくるくると回しながら、キラは自問した。
かなり嫌な表情で無言の抗議していたヤオを振りきり、何ら有益に活用できないこんなものを手に入れたくなったのか。
「……ああ、そうだ」
ようやく思い出した。あまりに幼い頃の記憶だったため、引き出しがすぐに開かなかったらしい。
確か、イシス沙海でタルキン、ルナフレア、そしてアルスに会う前。
父親が、ギランがこれを持っていたのだ。
時々吸っていたように思う。もしかしたら密輸の商品だったのかもしれないが、このあたりの記憶は曖昧だ。
今は全く見ないから、違う可能性もある。だがもし過去に吸っていたとするなら……ルナフレアあたりにでも禁止されたのかもしれない。
……ものすごくありえるな。
想像すると、非常に笑える光景だった。自分の年齢の半分ほどしか生きていないような娘に説教される父親の姿など。
もう二度と、彼女が怒る顔は見られないのだけれど。
実の兄が。キラの兄サーバインが、彼女を死に至らしめた故。
とん、と煙管を手のひらに当てて止める。
懐かしさと痛みが一瞬、胸のうちによみがえった。
誰がいちばん不幸だったのか、そんなことを考えても意味はない。
悲しみしかもたらさなかった、一つの事件。


大賢者カダルの修行を終え、いくらか自分達の実力に自信がついた頃だった。
初めて見る華やかな町に目を奪われていたことは事実だ。当時の自分はまだ10代の前半も前半、子どもが常に緊張していろなどとは無理なこと。
だから常に、保護者たるルナフレアやギランが、周囲に気を配っていた。

―――自分達のなんと非力だったことか。

救えたのは、ギランだけだった。それすらもヤオの祖父ファンがいなければ、自分達にはどうすることもできなかっただろう。
ルナフレアは、かつて彼女が守ったアルスに看取られて、穏やかに死んでいった。
そして、サーバインは。
とてもすぐには受け入れられぬ事実だけをキラに突き付けて、魔剣ネクロスと共に滅びることを選んだ。


今はただ、悼む気持ちだけがある。
本来の兄の姿を知る事ができたからだと、キラは思っている。
「……兄ちゃん、あんたは今、どこにいるんだ?」
タオ老師のニフラーヤは、兄の肉体を光と煙に変えて空に解き放ってくれた。だが魂は、自分の意思で地獄に止めおいたと―――剣王の里に現れた彼はそう告げた。
「けど、んな筈は、ねぇよ」
本当に『地に堕ちた』というなら、彼が再びキラの前に現れたりはできなかったと、そう感じるのだ。
あの浄化の煙は、きっと空に、ルビスの元に届いたのだと。
手の中の、つめたい銀色の光。
日の光をはじいて、やや金の色みを帯びた色は、懐かしさを胸に蘇らせた。
「ああ、墓参りに来いってか?」
それもいいかもしれない。ここしばらくヤオの事情でどたばたしていたから、村外れに建てた小さな墓はほったらかしにしていた。
掃除と報告がてらに行けばいい。
ついでに確実に天へ行けるよう、刻み煙草に火をつけて『供えて』やろう。
煙草なんて絶対に呑みそうにない人間だから、きっと煙から逃げようとして天の果てまで行ってくれるに違いない。
悪戯を思いついた少年そのままに顔をほころばせているキラに、台所の方から声がかかった。
キラはすぐ行くと声をかけて、銀の煙管を棚の上にのせた。

書いた当時は微妙だと思っていたんですが、お気に入りのお話。
2003.9.9 イーヴン