+++ 白い夢 +++

「アラン、雪だよ。雪が降ってきた」
「……わかったからお前いいかげんに城ん中入れ。風邪をひく」
「いいじゃない。もう少しだけ……」
「それが風邪の原因になるって言ってんだろが……」
ため息をつきながらもアランは、跳ねるように行くアステアの後をついていった。
耳につくのは風の音、衣擦れの音、そして自分の吐く息の……。
「――おい。あまり先に行くな。危ないだろ」
「大丈夫、大丈夫」
声は随分遠かった。
いつの間にか随分雪が深くなっている。
白い雪という名の帳が世界を覆いはじめる。前を行く娘の姿がだんだん見えなくなっていく。
「……アステア?」
「早くおいでよ、アラン。綺麗だよ……これからどんどん積もるんだ」
音もなく舞い降りる雪が視界を閉ざす。
彼を呼ぶ声が遠くなっていく……ゆっくりと、ゆっくりと……。
「待て、アステア! 俺から離れるな!」
城も、木々も、地面さえも白く塗りつぶされ、人影などどこにも見えない。
そこにいるのは自分だけ。ひとりだけ。
導くものは、ない。
「……俺の」
虚空に伸ばした手さえも白く染まり、遠く微かに見える赤い色だけが唯一の色彩――
体を切り刻むような強烈な冷気の中にありながら、彼は頬に熱を感じた。

「……俺から、離れないでくれ……」

――早く来ないと、置いていっちゃうよ――
笑いを含んだ声が雪に溶けて、消えた。


目を開けると、白い世界の向こうに消えたはずの娘が心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。
「……アス、テア?」
「うん?」
アステアは優しくアランの頭を撫でた。
「こわい夢でも見た? ……君が泣くなんて」
「泣いて……?」
アランは自分の頬にそっと手をやった。確かに、濡れている。
アステアは彼の涙を指で拭い、安心させるように微笑んだ。
「病気になると心が弱くなるっていうから。……大丈夫、僕はここにいるよ」
大丈夫。夢の中ではあんなに不安感をかきたてる言葉だったのに、今聞くとまるで違って聞こえる。
安心感からか、強い眠気がアランを襲った。
何か言葉を口にしようとしたが、形にならぬまま瞳は閉ざされた。
再び寝息をたてはじめたアランを見て、アステアはほっと息を吐いた。
「……ああ」
アステアはいまさらのように顔が赤くなるのを感じた。
うなされていたアランのうわ言を聞いたとき、心臓が飛び出すかとおもったのだ。
――ふいうちなんて卑怯だよ――
どこか嬉しそうにアステアは呟き、完全に眠りにおちたアランの耳に口付け、小さく何事かを囁いた。

『離れないでくれ』
涙を流しながら彼は言った。
どんな夢を見ていたのかは知らない。だけどこれだけは君に誓う。
僕は――

『離れたりしない』