+++ 幼年期の終わり 序+++

Il'a eu une enfance malheureuse.





幼年期の終わり 序






人々の笑いさざめく声……15年ぶりにようやく訪れた平和に誰もが祝福の杯を交わす。
かつて強大な敵を打ち倒し、その跡に興された国は一度滅びた。
しかし逃げ延びた王子は大きく成長して人々の希望、勇者となり異魔神に敢然と立ち向かい、これを倒した。
その滅びた国に、今はたくさんの人がいる。
まだ完全に復興したわけではない。けれど、今は皆ただ大いに飲み、食べ、騒いでいた。今宵はどこでも似たような宴が開かれていることだろう。
そして明日からまた、生きるために働くのだ。
人の和の中心に、くすぐったそうに笑う一人の少年がいた。
仲間に囲まれて嬉しそうに、また照れたように笑うアルスは救世主などではなく、年相応のただの少年に見えた。


「どうしたんだ?一人で黄昏てないで、皆のところに行けばいいのに」
「ほっとけ」
不意に現れた人に向かい、不機嫌そうにアランは言った。
最も彼は常にこんな調子なので、言われたほうは全く意に介さない。
「……騒がしいのが苦手なだけだ」
思わず言い訳めいたことを呟いてしまい、アランは決まり悪そうに顔を背けた。
「まぁ、僕もあまり……ね。アルスもそうなのかな?困ってるように見える」
くすくすと笑う声が聞こえた。同時に、耳に何か冷たいものが当てられる。
驚いて振り向くと、赤い髪の仲間がにっこり笑って木のコップを差し出していた。中には酒らしいものがなみなみと注がれている。
「アッサラームの極上の葡萄酒を運んできたんだって。美味しいよ?」
「あ、ああ」
受け取るとアステアは少し首を傾げ、嬉しそうに笑った。


アステアに手渡された酒は、確かにアッサラームの極上の品と言うだけのことはあった。がぶ飲みする類の酒ではない。
ゆっくりと唇を湿らせるように飲んでいると、不意にアステアが口を開いた。
「ねぇ、アラン。君はこれからどうする?」
「どう……って」
「僕はラダトームに帰る。王位を継がなきゃならないから……」
「ラダトーム王?お前が?」
「本来なら兄上が継ぐはずだったんだけど」
アステアは少し寂しそうに笑ったが、そこに悲しみの色は無い。
それは、事実を正面から受け止めて克服した者の表情だった。
アランの中に、一瞬妬心めいたものがよぎる。それが何なのか理解できぬまま、当り障りのない言葉を紡ぐ。
「お前なら良い王になれるだろう」
「ありがとう。それで……さっきの質問だけど」
「…………」
「関係ない、って言えばそれまでだけど。でも、僕達は兄弟みたいなものだから……アルスはここに残る義務があるけど、君はどうするのか気になって……」
アランはすぐには答えなかった。
残り少なくなっていた酒を一気にあおる。
冷たかった酒は随分ぬるくなっていた。
「…………どうしたらいいんだろうな」
「え?」
聞き返すアステアには応えず、アランは立ち上がった。
「ありがとよ。この酒、うまかったぜ」
コップをひらひらさせながら言うと、アステアはもの問いたげな視線を向けたが結局何も言わなかった。
背を向けてその場を立ち去るアランを止めようとはしない。
「おやすみなさい」とだけ言って、アランを見送る。
「ああ、おやすみ」
アランも一言返してそのまま去ろうとしたが、気が変わってもう一つ付け加えた。
「そうそう、さっきの言葉は訂正する。お前なら良い女王になれるだろうよ」
背中の方で、酒を口に含んでいたアステアが思いっきりむせる音がした。


翌日、一人一人に丁寧な挨拶をしてアステアは帰っていった。
アランには「気が向いたら来るといい、歓迎するよ」と言っていたが、もしかしたらアステアはアランの迷いを知っていたのかもしれない。
今はそれを知る術はない。
知る必要もなかった。
彼は未だ迷っていたから。



NEXT≫