+++ Hide & Seek +++

小さな子供の声にミリアリアはふと振り返った。
どこから聞こえてきたのだろう。
きょろきょろと周囲を見回すミリアリアの背後を、少年がたたっと駆けていった。
壊れた家の影に隠れた少年は、ふと目が合ったミリアリアに人差し指を立て、「しーっ」と少し焦ったような顔で訴えてくる。
もちろんミリアリアは笑って同じポーズを返してやった。

『モウイイカイ』

再び聞こえてきた声に、少年は「まぁだだよ!」と答えた。
ミリアリアはおや、と首を傾げた。どうやら本人的にはまだ隠れ方が完全ではないらしい。
かくれんぼの邪魔をしてごめんね、とミリアリアは心の中だけで謝り(声をかけては、隠れている彼に申し訳ない)、瓦礫に埋まった道を再び歩き始めた。

ユニウスセブン落下の爪痕激しいこの町にミリアリアがやってきたのは、つい昨日のことだ。
破壊された町並みを、憔悴した表情でそれを眺める人々を、無気力にうずくまる老若男女を、彼女のレンズは余さず捉えていた。
シャッターを押すたびに、自分のやるべきことはもっと他にあるんじゃないか、と別の考えが頭をもたげてくる。
カメラを構えるミリアリアの姿を見て激昂した男に、この恥知らずと殴られかけたこともある。
水や食べ物の手配をすること、傷の手当に瓦礫の撤去、彼らに手を貸して生きる気力を取り戻させてやること……。
確かにそれが人として正しいことなのだろう。
でも違う、とミリアリアは迷う心に言い聞かせる。
けれど、ミリアリアはジャーナリストであり、カメラマンなのだ。
正しい情報を選び取り、真実を発信するものがいなければ、世界はたちまち孤立する。間違った情報がはびこれば、救えるものも救えなくなる。
だからどんなに苦しくとも、誰に罵倒されようとも、ジャーナリストは第三者でいなければならないのだ。
それは、ひどく辛いことだ。
この道を選んだことに後悔はないが、それでも少し甘く見ていたことは事実。
両親や友人や……彼が心配していた理由とは全く別のところで、ミリアリアは戦場カメラマンの現実を思い知った。
そんな中で聞こえてきた、子供の遊ぶ声。
家がなくなって呆然としていた子も、空から石が降ってくると外に出たがらない子も、表情を失っていた子供もいた。
けれど、こうして元気にはしゃぐ声がある。
瓦礫だらけの町をかくれんぼの遊び場にしてしまえる強さを持っている。
ただそれだけで、ミリアリアはほんの少し、癒される気がした。

ターミナル経由の新着メールを呼び出すと、仕事仲間からのものに混じって、『いつも通り』の簡素なメールが一通届いていた。
件名は無し、本文は大抵一行だけ。
たまに死ぬほどこっぱずかしいことが書かれている時もあるが、基本的には「元気にしてるか」とか「夜は寝とけ」とか、余計なお世話だと言いたくなるような内容ばかりだ。
「……ったく、毎週毎週……」
ミリアリアは無意識に口元にちいさな笑みを浮かべながら呟いた。
こちらが返事をしないと分かっているのに、暇なことだといつも思う。
あれだけ完膚なきまでに振ってやったのに、法とネットの目をかいくぐって、よくやるものだ。
けれどこのメールが届くたびに、彼が生きているのだと安心していることも事実だった。
今回の事件で、彼のいる隊が処理に借り出されたらしいことは、ターミナルからの情報で知っている。
今頃事後処理で大変なことだろう。確か隊長の副官をやっていると聞いた。
単なるヒラならばともかく、ある意味隊長以上に大変そうな位置にいるわけだから、今頃山のような事務仕事で青息吐息、なんじゃないだろうか?
だからきっと今週のメールはないと思っていた。
彼からの呼びかけはないと思っていたのに。

毎週繰り返し繰り返し、内容は違えども同じように送られてくるメッセージ。
ふとさっきの子供を思い出した。
自分達もある意味かくれんぼをしているのかもしれない。

『モウイイカイ』

彼からのメッセージが届く場所にいて、けれど姿は隠したままのミリアリア。
返事がなくても呼びかけ続ける彼は……もしかしたら、ミリアリアの「もういいよ」を待っているのだろうか。

でもまだ応えてなどやらない。
彼が心配してくれているのは分かっている。
その気持ちが理解できないわけじゃない。
ミリアリア自身も、彼が再び戦場に立っていることが心配でならない。
……もちろんそんなことを本人に言うつもりはカケラもないのだが。
重いカメラを抱えて世界中を飛び回る。
AAに乗っていたときと同じだ。これは自分の意思で決めたこと。
戦場で、災害の現場で、たくさんの嫌なこと悲しいことがあったけれど、逃げたくは無いのだ。
―――あの力強く優しい腕の中に。

『モウイイカイ』

「……ばぁ〜か」
短い文面の向こうに、妙にヘタレた彼の表情が見える。
それをぺしんと指先で弾いて、ミリアリアはモバイルを閉じた。


このタイトルでデス種補完ディアミリ再会話やろうと思ってました。
でも凄い補完話を書いてくださった方がいらっしゃったので、とっとと諦めて、全然違う話にしてみました。
2006.2.23 イーヴン