+++ 優等生の事情 +++

「みーりーい〜〜!!」
思わず全身から力が抜けそうな呼びかけが耳に届く。
軍艦にはおよそ不似合いすぎる、どこか浮ついた女学生のような。
ミリアリアは奥歯をぐっと噛みしめ、何があっても平常心を失わないよう心の準備を整えて、声の方へ身体を向けた。
途端に降ってくる、柔らかな重み。
「ミリアリア、ちゃんと受け止めてくれたぁvv」
「ディア、ッカ……っ!」
飛びつかれたミリアリアは、どくどくと騒ぎ出す心臓を抑え付けてディアッカの身体を支える。
きゃあきゃあと無邪気に喜ぶディアッカは、ミリアリアの首っ玉にかじりついて離れない。
(へ、平常心、平常心……っ!)
抱きしめるような体勢のおかげで、ミリアリアはさっきから赤面しっぱなしだ。
ディアッカは生粋の軍人ではあるが、紛れもなく女性であり―――つまるところ男とは明らかに違う柔らかい身体やらふにゃっとした胸の感触やらイイ匂いがするやらで―――ミリアリアはイロイロと大変だった。
(頼むから、離れてくれー!)
そんな彼の心情などお構いなしに、ディアッカは身をすり寄せてくる。
身長が殆ど変わらないため(しかも腹の立つことにディアッカのほうが少し高い)、同じ位置に顔がくる。
そのためこうして抱きついてこられると、物凄く近い位置に彼女の顔が来るわけで―――
「ディアッカ……いい加減、離れて……」
「なんで?」
今は戦争中だとか。自分は一番下っ端で遊んでいられる余裕なんてないんだとか。
優等生の言い訳が頭をよぎる。
しかしそんな単純すぎる言い訳はすぐに吹っ飛んてしまった。
整いすぎた女神の顔がにっこりと微笑む。金の睫に縁取られた紫の双眸が流し目をくれて、ミリアリアの心臓がひときわ大きく鼓動を打った。
無意識に喉を鳴らす。
これだけ綺麗な女の子が自分のことを好いてくれて、嬉しくない男はいない。
ミリアリアも例に漏れず、正直満更でもないのだが……密着されるとそうも言ってられなくなる。
悲しいかな男の性というべきか、抱きつかれたらどうしても特定の箇所に意識が行くし、頭の中にいろんな妄想とか欲望とかが渦巻いてしまう。それを止めるのは不可能に近い。
毎日意思の力を総動員し、神経を磨り減らして自制しているが、こんなことが続けばそのうちあっけなく崩れ落ちることは目に見えている。
だからどうにかして、くっついてくる彼女を引き剥がしたいのだが―――
「ねえ、なんで?」
花のようにあまい香りがする吐息が鼻腔をくすぐり、少し低めの声が妙なる楽の音となってミリアリアの耳の奥に響く。
さすがに息を止めるわけにもいかず、耳も塞げず、それ以外に出来ることといったら目を閉じるくらいしか手段はなく。
……思いっきり逆効果だということに気付いたのは直後だった。
視覚を遮ったことで、余計にディアッカの体温とか匂いとかに意識が向いてしまう。
「ねえ、ミリアリア?」
もはや返答することもできず、ミリアリアは顔から首から全身を朱に染めて固まっている。
―――誘惑に負けて押し倒してしまいそうだからなんて言えない。
たとえディアッカの行動が、明らかに誘っているのだとしても。

答えないミリアリアに業を煮やしたディアッカがミリアリアを押し倒すまで、あと360秒。


さりげなくTemptation(裏)に続いてます。自制するだけ無駄でした。
2005.9.13 イーヴン

2005.9.27 一部改稿