DM性別逆転SS 13

「でぃ、ディアッカ、ちょっと、えっ、ええ!?」
「嬉しい」
勢いよく抱きついたせいで、二人の身体は宙に舞った。
外跳ねのブラウンの髪を引き寄せて、首にしっかりと腕を巻きつける。
至近距離で見たミリアリアの顔はりんごのように赤くなっていて、口をぱくぱくさせている。
彼の両手は一瞬あたしの肩を掴んだけれど、すぐに離れてしまって、手持ち無沙汰な様子でだらりと下げている。
抱きしめてくれていいのに。でも、こんなところがかわいいと思う。そうでなきゃミリアリアじゃないし。
襟の詰まった服が少し恨めしいけれど、少し頭を傾けて首すじに顔をうずめると、汗の混じった彼のにおいがした。
勢いよく抱きついたせいで、二つの温かな体はくるくると回っている。
何故か止めようという気にはならなかった。このままずっと二人きりで回ってたっていいじゃない。
ねぇ、あたしはどうしてこんなに……舞い上がってるんだろう?
「ふふふ」
「な、何だよ?」
「わざわざ来てくれて、ありがとう」
「あ、うん?」
「ミリアリアがこうして来てくれるんなら、明日もずっと仕事してようかなぁ?」
「……ディアッカ」
吐息がかかるほど近くにある赤い顔が、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
クックッと身を震わせて笑うと、振動がミリアリアに伝わる。上目遣いで見上げると、ミリアリアは少し身体を緊張させて、あたしの目を見下ろした。
「今ね、すごく嬉しいの」
「?」
「だってミリアリアがあたしの心配してくれるなんて」
「ふ、普通、女の子が休みもせず働いてたら心配するだろ」
ディアッカは曖昧に微笑んだ。頭の位置を動かしたから、口元が隠れて、ミリアリアにはあたしの顔は見えなかっただろう。
女だから。
ザフトではそんな扱いを受けたことはない。受けたくもなかった。
性差による体格や腕力の違いはどうしようもないけれど、軍の中では能力と実力が全て。
『弱い女の子』として心配されたことは一度もない、ザフトにおいてはそれが普通だったからだ。
そういえば二コルは気遣いらしきものを見せてくれていたけど―――それは異性に対する紳士の振る舞いに似ていた気がする。
あたし達は同じ隊の仲間で、ライバルだった。仲が悪くても、基本的にお互いの能力は信頼していた。性別など関係なく、背中を任せられる同僚だった。だからニコルがあたしに見せた気遣いは、今のミリアリアのものとは全然質の違うものだ。
『守るべきもの』として見られたのは……もしかして、初めてなんじゃないだろうか?
背中に回した手で、青い軍服をぎゅっと掴む。
―――胸の奥がこそばゆい感じがする。色とりどりの小鳥たちが、一斉に羽ばたいているような。
訓練も何も受けていないミリアリアと、一応コーディネイターの中でもエリートだったあたしでは、単純に戦闘能力だけでも大きくあたしに軍配が上がる。
どっちかっていうと、守るのはあたしの仕事の筈。ミリアリアは民間人で、あたしは軍人なんだから。
でも―――そう、ミリアリアは普通の男の子なのだ。
ほぼ同い年の女の子なんていうのは、肩書きが何であれ、彼にとっては心配して当然の相手だってこと。
元は敵で、捕虜だったあたしでも。
―――素直に守られたいなと思った。
男の後ろに隠れる女なんて反吐が出ると思ってた時期もあったけど、今ならなんとなく分かる。
誰かに庇護されるということは、自分自身の丸ごとがその人に包まれるようなもの……それが好きな人なら、どんなに幸せなことだろうか。
(そっか、あたし、ミリアリアが好きだったんだ)
今更何言ってる? と頭のどこかで声がした。っていうか馬鹿だ、あたしは。
あれだけミリアリアに死んで欲しくないと、傍にいたいと思っていたのに、その大元の感情に気づいていなかったとは。
「ね、ミリアリア。またこうやって呼びに来てね」
「そんなの、お前が無理しなきゃいいだけの話だろ」
「いまは戦時中で、あたしたちは戦艦に乗ってるのよ? それはできない相談ね」
微笑を浮かべながら小首を傾げると、ミリアリアは耳まで赤くしてそっぽを向いた。未だに彼の両腕はあたしの身体に触れてくれない。
仕方がないので、柔らかく巻きつけていた右腕をはずして、そのままミリアリアの左肩に触れた。
「……っ」
布地の上から腕を辿り、少しかさついている彼の手を、指を絡ませるようにして握る。
その手は未だ大人の手ではないけれど、あたしよりも大きい。この掌に、守られたい―――でも。
「ミリアリアも無理しちゃ駄目よ。男だから体力あるって言っても、限界はあるんだからね」
「同じ台詞、返す」
ミリアリアの眼球だけが動いて、あたしを見た。互いに譲らない意図を含んだ目で軽くにらみ合う。
しばらく無言の時間が流れて、先に目を逸らしたのはミリアリアの方だった。
「……分かったから、早く離れて、部屋に戻れよ。戦時中だっていうなら、なおさら寝ないと」
「ん、そうね」
ミリアリアに重ねて言われなくとも、あたしは軍人だし、それも長時間緊張を強いられるパイロットだから、休息の必要性はよく理解している。
「ミリアリアを守りたくてここに残ったんだから、ちゃんと動けるようにしとかなきゃ」
そう言った途端、ミリアリアの目が不意に見開かれた。
驚いたというよりも、信じられないものを見たかのような、強いショックを受けたような……そんな動揺が伝わってきて、あたしはひどく不安になった。
「ミリアリア?」
「―――僕を、まもるため?」
とても小さな、掠れた声だった。
聞き返そうとした時、身体に衝撃を感じ、結局それは言葉にはならなかった。
何が起こったんだろう? いつものように頭が働いてくれない……どうしてあたしの両腕は自由になってて、半身のぬくもりが傍にないの?
ミリアリアに、突き飛ばされた。
それを理解するのに、一体何秒を要したのか。
身体を引き剥がされ突き飛ばされた時の力は強いものではなかったけれど、赤い顔をしてあたしを見ているミリアリアが怒っているのは間違いない。
でも、何故? 理由が分からない。あたしは体勢を立て直すこともせず、ただ呆然と離れていくミリアリアを見つめている。
「誰も……守ってくれなんて、言ってないだろう!」
ミリアリアはややもたつきながら、格納庫の入り口へと流れていく。
背中に軽い衝撃。つめたい金属の感触は、バスターの上腕部分だった。
追いかければすぐにミリアリアの体を捕まえることができたと思う。でも、できなかった。
あたしはバスターの腕にすがったまま、ぼんやりとミリアリアの背中を見送っていた。


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2006.12.22 イーヴン