+++ 幼年期の終わり 9 +++

「いい街だったね」
「少々騒がしすぎると思うが?」
「それは交易の街なんだから、仕方ないんじゃない?」
「…………」
「どこも……どの国も、街も、村も、そして人も……ここみたいに、活気を取り戻せるといいね」
アランは頭上に広がる、雲ひとつない青空を振り仰いだ。
「ああ、そうだな……」


「どうかお気をつけて」
「あたしが女優になる前に死んだりするんじゃないわよ!」
「ちょっと黙りなさいミア」
顔はあまり似てないが、性格はかなり似ているのではないかと思われる姉妹に見送られて、アランとアステアはアッサラームの街を出た。
二人で、ではない。
ロマリアの方に向かう隊商の一つに、途中まで便乗させてもらうことにしたのだ。
話をつけてくれたのはヴァネッサである。
当初は二人で(元々アランは一人のつもりだったが)徒歩での旅をするつもりだった。
そうヴァネッサに告げた所、もっといい方法がある、と言われたのだ。
隊商に便乗させてもらいつつ、護衛する。護衛料と三食付きと言われては、断る理由はない。
いくら今は懐が温かいとはいえ、いつひどい目に遭うか分からないのだ。
仕事があるならもらっておいた方が良い。
心配事と言えば、アランが他の護衛などの見知らぬ人間と協調できるのか、ということくらいで。
「とりあえず、怪しい人間とか魔物が出たら、たたっ斬ればいいわけだな?」
「……かなり大雑把に言うとそうなるけど……」
隊商のリーダーは、予想していたより遥かに若い二人組に驚いた様だが、ヴァネッサを信用しているのだろう。新たな護衛二人を歓迎してくれた。
名を名乗るとさすがに首を傾げていたが、特に何も尋ねて来なかった。
アルスの名は今や誰もが知っているが、アランとアステアについてはそうでもない。
一般人ではむしろ知らない者の方が多いくらいだ。
結局二人は『若いが腕の立つ冒険者』と紹介された。
簡単な挨拶のあと、他の護衛達と共に目的地までの道筋や守備位置などを確認して、隊商はアッサラームを発った。

異魔神が倒れて以来、魔物の勢力は目に見えて衰え、人間の前に姿を現すものも減った。
統率するものがいなくなったことで、魔物の行動が見境なくなるのではないかという恐れもあったが、彼らは概して大人しく、心配は杞憂に終わった。
強力な魔物が他の地域に移動したりといったことはあったが、そういう個体は森の奥などに棲みつき、人里にはあまり出てこなかった。
下手に人間にちょっかいを出せば、集団で『退治』に来られることを分かっているのだろう。
時折旅人を襲う魔物は出たが、それはいまも昔も同じこと。
しかし戦の爪跡は深く、代わりに別の問題が出現した。
魔物以外の襲撃、つまり人間による襲撃が増えたのである。
家や財、家族を失った者達が、やむをえずか山賊化していたのだ。
全てを失ってなお正しく生きていけるほど、人間は強くない。世界に新たに現れたひずみの一つになっていた。
彼らの襲撃は、頻繁というほどではないが、少なくもない。
小さな商隊や護衛の少ない商人達は特に狙われ、必ずと言っていいほど襲われた。
故に商人達も、商品を奪われて大損をするよりはいいと、多少の金をかけてでも多くの、それも腕の立つ護衛を雇うのである。
出すべき所で金を出さないと、後々それ以上の財を失うことになる。
戦乱の中でもたくましく商売していた商人達は、それをよく知っていた。
二人が便乗した隊商は、馬車四台の中規模なものだった。
そこに商人達と護衛あわせて二十人強がいる。その半数が護衛なのだから、商人達の警戒ぶりがよくわかるというものだ。
これだけの護衛をつけなくても人が行き来できるようになるのは、一体いつなのだろう。
それをできるだけ早くするのが僕の仕事なのにねと、アステアはやや自嘲気味に思った。
「あんたらぁ、若いってーのに強いんだねぇ」
「え?」
御者席の隣の男が声をかけてきた。現在アステアは二台目の馬車の御者席、アランは先頭馬車の左後方あたりで騎乗し、周囲に目を走らせている。
「強いって……何故そう思われるんですか?」
「そーりゃあ、ヴァネッサさんの紹介だからさ」
「……はあ」
さすがはアッサラームの顔役、信頼されているらしい。
「自分らで探すにゃあ、ちょっとばかし骨が折れるしな。募集もかけるが、ヴァネッサさんとこで何人かお願いするんだよ。あそこで紹介してくれるのは、実力も信用もある冒険者ばっかりだからな、安心して任せられる」
つまり自分達の双肩には、ヴァネッサの信頼がかかっているわけだ。
無論期待を裏切るつもりは毛頭ないが、いつも以上に気を引き締めた。
「そういや、途中までってことだったが、どこまで行くんだ?」
「川を渡るまで。そこから北に向かいます」
「北!? あっちはまだ、魔物も多いし村もほとんどねぇぞ?」
「わかっていますよ。それでも一度、僕達の故郷に戻っておきたくて」
さらりと答えるアステア。これは隊商の護衛につく前に、二人で相談して決めておいたことだ。
根掘り葉掘り聞いてくる人間はどこにでもいるから、突っ込んだことを聞かれた時のために「答え」を用意しておいたのだ。
そういう時、互いにどの程度機転を利かせられるか分からない。戦闘ではともかく、それ以外ですぐ呼吸を合わせられるほどつきあいは長くないし、この準備は正解だったと言えよう。
といっても決めたのは、おおまかな出身地と、二人の関係、旅の理由の三つだけである。
後は先回りして相手の質問を封じておくか、言いたくないふりをしてごまかそう、ということになった。
……考えたという割に、さりげなく大雑把である。
「故郷か……。そうだよな、やっぱり帰りたいもんだよな。いや、実を言うと私らもね、故郷に帰るんだよ。ロマリアなんだ」
後の方から、俺らもそうだぜ〜、と楽しげな声が飛んできた。護衛の誰かだろう。
「でもロマリアは……」
「ああ、異魔神の野郎のせいで、住人は殆どいないし、町もボロボロだ。でもあそこを故郷だと思ってる、私らみたいに生き残ってるのがいる。泣いてわめいて悲しむ時期が終わったら、町をなんとかしてえと思うのは当然だろ?」
あなたがたの方こそ強い人ですよ、と言うと、男は照れたように顔をそむけて手を振った。
アランは、アステア達の会話を聞くともなしに聞いていた。
故郷という言葉が耳に引っ掛かる。
思うところあってカーメンを出てきたが、果たしてローランは自分の故郷といえるのだろうか。今更そんなことを考えてしまう。
闇色に塗りつぶされた過去があるだけのあの場所が。
振り払っても消えない罪を、否応なく彼に見せつけてくるあの場所が。
決して警戒を怠らなかったが、アランの心はどこか違う所をさまよっていた。

「アラン、はい、パンとシチュー。どうしたの? 心ここにあらずって感じだよ」
「考え事をしてただけだ」
「それで仕事をまっとうできるんだから、面白いね」
焚き火を囲む他の人間から少し離れて、馬車の一つに並んで腰掛けて食事をとる。
夕飯は固いパンと具の少ないシチュー。
アッサラームは商業の町だったから、随分多くの食材があったし、被害が少なかった分余裕もあった。
だが全体的に見れば、長い戦のあとで全てのものが不足している。
故に質素すぎる献立なのは仕方のないことだった。
パンをシチューに浸して、柔らかくしてから口に運ぶ。シチューは熱々で、質素でも十分おいしいと感じた。
「こちらのルートで来てしまったけど、よかったの? オリビアの岬か、世界樹の森跡を通った方が近かったんじゃないかな」
「大して変わらん。それにあれだけ便宜を図ってもらった上で、あの元締めの申し出を断るわけにはいかないだろう」
「確かにね」
やっぱり律儀なところがあるなぁと、アステアは密かに思う。
「ね、アラン。アッサラームで聞きそびれたんだけど、ヴァネッサさんが妹さんのことで感謝してたよね。結局君、何をしたの?」
今度は答えず黙々と食事を続けるアラン。アステアに視線も向けない。全く言う気がないようだ。
「あ、ひどい。仲間を…僕のこと信じてないんだ」
「お前だって、あの元締めと何話してたか俺に言ってないだろ」
「言ったら教えてくれるの?」
「何でいちいちそんなことを報告しなきゃならないんだ?」
ほぼ予想通りの答えにアステアは肩をすくめた。
ちょっとした好奇心だったのだが、アランに口を割らせるのは容易ではないし、特にそれ以上の興味も湧かない。つっこむのはそこでやめた。
「僕の方は外交問題だから、軽々しく口に出せるようなものじゃないし」
「そうか。やはり席を外したのは正解だったな」
最後のパンのひとかけらで、皿を綺麗にぬぐって口に放り込む。
「アラン、食べるの早い……」
「深夜の見張りにあたってるだろ。お前も早く食って寝ろ」
「食べながら話すのが楽しいのに」
「俺は黙って食う方が好きなんだ」
「って言いながら、それなりに僕としゃべってる」
言いたくないこと以外は、ちゃんと返事してくれるのが面白い。
アランは拗ねたような困ったような微妙な表情をして、「お前が話しかけるからだ」と呟いた。

アッサラームを出てから幾度か魔物に遭遇したが、それ以外は何事もなく、穏やかな旅が続いていた。
雇い主達の緊張はややゆるみはじめている。
こういう時が一番危ないことを、護衛の立場にある者達は経験上知っている。
旅の行程は半分と少しを消化したところ、後は西に進み、それからまっすぐ南下すればロマリアだ。
そしてその道の途中にあるのは。
「橋、か……」
北の山脈から流れてくる雪解け水を湛えた湖がすぐそばにあり、そこから海へと流れ落ちる川に架けられた橋だ。 つくりは頑丈な石橋だが、中型の馬車が2台どうにかすれ違える程度の幅で、しかも構造上、(あたりまえだが)横に逃げ場のない一本道になっている。
襲撃にはもってこいの場所だ。
「君ならどうする、アラン?」
「前後の逃げ道を塞いで、一瞬でいいから浮き足立たせる。それからラリホーマ。効かなかった奴は殺す」
「襲撃ポイントは?」
「橋を渡った直後」
アステアは頷いた。
「僕の予想もだいたい同じ。……皆も似たようなこと考えてるみたい」
外の護衛も待機組も、揃ってそれぞれの武器をすぐ使える状態にしている。
少しずつ鋭くなっていく空気に気がついて、商人達が緊張した顔つきになる。
橋の前後が、最も盗賊の出現頻度が高いところ。彼らの情報網にももちろん引っ掛かっていた。
ロマリア側から見て橋の手前は、東西南北全ての地域に通じる交通の要衝で、言いかえれば巨大な十字路になっている場所なのである。
大体どの場所から来ても、この道を必ず通ることになるのだ。
そんな場所であれば普通は市が立つものだが、ロマリアから近すぎるからか、休息所と遊戯場を兼ねた建物が近くに一つあるきりで、ひらけた道になっている。
「俺は後ろに行く。お前はどうする?」
「なら僕は前。……アラン、ちゃんと手加減してよ」
「留意しておく」
アランは馬車からひらりと飛び降りて、すぐに馬車に隠れて見えなくなってしまう。
(本当に大丈夫かな……)
不安が心をよぎったが、いやここで彼を信用しないでどうすると思いなおし、アステアも馬車から飛び降りる。
小走りに前方へ出て、周囲の護衛達と視線を交わし、うなずきあう。
熟練の戦士達の感覚を欺くのは容易な事ではない。
意志を持った集団の気配が、行く手と背後にわだかまっている。
数を頼みに油断しているのか、気配を隠そうともしていないようだ。
(好都合……)
アステアは魔法使いの一人に声をかけた。
戦略の基本。
集団戦闘において、広範囲魔法を食らう可能性がある場合、一つは防護呪文を予め唱えておくこと、二つ目に予想される効果範囲から逃れること。ダメージを受けない事が重要である。
それらが不可能な場合、可及的速やかに術者を排除すべし。

前方は大きな道で視界はそれなりに開けているが、両脇の林が絶好の隠れ場所をつくりだしている。
対して背後は橋で、一本道だ。隠れるならば橋の向こうは森で、橋入り口横はすぐ河原で橋げたの下という、ちょうどいい場所がある。
アランは先に敵が現れるのは背後だと踏んでいた。
果たしてそれは―――
ばたばたと、あまり洗練されていない足音が背後から聞こえる。
何やら脅しめいた台詞を叫んでいる。
その中に混じる、魔力の揺らぎ。
アランは体ごと振り返り、精密に練りあげていた魔力の塊を、裂帛の気合とともに撃ち出した。
「ベギラマ!!」
爆炎と轟音と煙とが、盗賊の目前で炸裂した。



NEXT≫