+++Coexist+++

共に歩いていきたかった大切なひとはもういない。

「ミリアリア!」
弾けるような声と笑顔を見せて、ディアッカはあっという間に側に寄ってきた。
ひねくれた物言いをする割に、こうして見せる笑顔は無邪気すぎて、どちらが本当の彼なのかと疑いたくなる。
彼のザフト時代からの仲間、アスラン・ザラなどは真顔で「アレは誰だ」と言ったくらいだ。
はっきりと怯えていたアスランの顔がおかしくて、ああ彼も友人の変化に驚く普通のひとなのだと知り、彼に対し未だ少しわだかまりはあっても普通に接する努力をしようと思えたのだけれど……まあ、それは別の話。
そうやって余計なことを考えていたから、返事をするのを忘れていた。
ディアッカが心配そうに顔を覗きこんでくる。
「ミリアリア? 調子でも悪いのか?」
「あ、ううん。違うの、少し考え事してたの」
―――アンタの声が心臓に悪いのよ。
心の中で毒づいても、勝手に跳ねあがっていく心拍数を抑えられない。
ディアッカの声は無駄に色気がある。ありすぎて名前を呼ばれると緊張する。
「……ホントになんでもない?」
耳元で聞こえた声に、背中を何かが走り抜け、全身がざわりと粟立った。
顔に血が上っていくのを知覚する。下腹部に熱が凝る。もう、身体が勝手に反応してしまう。
「カオ、真っ赤だよ、ミリアリア」
コイツはわかってて悪戯を仕掛けているのだ。なんて奴……と腹立たしく思ったところで、ディアッカはこういう男だったと諦める。
全くあの無邪気な笑顔はドコへやったのだろう。
目を細めて笑うディアッカはひどくオトナに見えて、何故か気恥ずかしくなる。
狡猾だったり、へたれだったり、大人だったり、子供だったり。
全ての顔でもって手を変え品を変え迫られて、私は翻弄される。
そして気がついたときにはもう捕われていて。
「ミリアリア」
あまい声と共に口付けを受けるのだ。

トール、ねえこれでいいのかな。
死んでしまった恋人と、残された私。
大好きだったトール。ずっと一緒にいるはずだったひと。
思い出せばかさぶたの張った傷口に疼きが走る。
あなたが好き、だからはやく帰って来て、と心が叫んで治りかけた傷を掻き毟り、再び鈍い痛みに現実を知る。
楽しかった過去と悲しい記憶が滲み出して、傷口を埋めて固まる。その繰り返し。
自分で自分を傷つけるたびに私は少しずつ現実を認めていった。
あなたはもういない。
「ミリィ」と呼びかけて陽だまりのように笑うあなたは、もう。
そうして周囲を見まわす余裕が出来た時、私の後ろに彼が立っていた。
褐色の肌のコーディネイターが。
初めて会った時あんなに憎らしく思えた男が、心配そうに私を見ていて―――
最初はとにかく鬱陶しくて仕方なかった。私に殺されかかったくせに、顔を見れば寄ってきて何かしらちょっかいをかけてくる。
邪険に扱えば叱られた犬のようにしょげかえり、応えてやれば本気で嬉しそうな顔をする。
私が沈んでいれば誰より先に気付いてしまい、励まそうとする。
お願いだから、傍に来ないで、関わらないで。
ゆるゆると溶かされていく警戒心とは裏腹に、私の意思は彼を拒否しようとした。
―――だって、ディアッカのいる位置は、トールの場所だから。
―――侵さないで。私の中に入って来ないで。あんたのことなんて……
なのに、気付けばディアッカはそこにいて。

「ミリアリア〜、俺のコト、ほったらかし?」
「ひとの膝を占領しておきながら何よ」
「うーん、上着がなければもっと絶景……あぃぃぃいたいですミリアリアさま〜〜っ!」
彼の額に拳を当ててぐりぐりとひねるとディアッカは情けない声をあげた。
本当はそれほど痛くないのだろう。けれどこれはそういう儀式なのだ。
……恋人同士のじゃれあい、という。
「で、トールのこと考えてた?」
紫の目がきらりと光る。思わずまじまじとその目を覗き込んでしまった。
……時々ディアッカがテレパシストか何かじゃないかと思う時がある。
「俺を見てないのに、優しい目をしてたから、さ」
ものすっげー妬けるけど、とぼそりと付け加える。
ディアッカは唇を尖らせて拗ねた顔をしていて、……きっとこれは演技じゃない。
彼の柔らかな金髪に手を滑らせる。髪の中に指を入れるようにして撫でると、ディアッカは気持ちよさそうに目を閉じた。
「アンタが言ったんじゃない。トールのことを好きな私が好きだって」
「違う! アイツのこと忘れないでいいって言ったの!」
そりゃーさ、トールのこと忘れられないのは分かってるし? そーゆー類のことは言ったけどさ、やっぱ俺のコト一番に……ディアッカはぶちぶちと呟きながら、私の空いた左手をぎゅっと握りしめる。私はそっと握り返す。
「共存……」
「え?」
「トールへの想い。ディアッカへの想い。今は私の中で共存してるの。どっちも大切で、上とか下とか関係なくて、他の何ものにも代え難いものなの」
ディアッカが好きだと自覚した時、私はやっと気がついた。
私はトールを思い出にすることに罪悪感と苦痛を感じていた。
それを“トールの場所に入りこんでこようとする”ディアッカのせいにして、“トールを好きなのにディアッカに惹かれている自分”を正当化しようとしていたのだ。
受け入れてしまえば簡単だったのに……でもそうするにはまだ時間が足りなさすぎて、私のトールへの想いが強すぎたということなのだろう。今ならそう分析できる。彼の死は、あまりに突然すぎたから。
「トールと一緒に歩いて行きたかった……」
「うん」
「ずーっと、一緒に……いたかったの……っ」
ディアッカに告白された時、私はそう言って彼にしがみついて泣きじゃくった。
涙が枯れ果てるんじゃないかというくらい泣き続けて、ようやく全てを受け入れた。
私はトールが好きだった。ほんとにほんとに、大好きだった。
でもトールはもういなくて、今私の傍にいるのは。
共に在りたいと願うのは。
「ディアッカ……好き、よ」
ディアッカが大きく目を見開いてがばっと起き上がった。
「ミリアリアの方から言ってくれるなんて……うわ、なんかすっげー嬉しい……」
ディアッカの顔が笑顔に綻んでいく。
繋いだままだった左手が外され、代わりにぎゅうっと抱きしめられた。
「ああ、もう、ミリアリアにはやられっぱなし……!」
「それはむしろ私のセリフなんだけど……」
ディアッカのアレやらコレやらには翻弄されっぱなしで、どんなに抵抗しても最終的には敗北してしまう。結局は彼の意図した通りになってしまう。
私を腕に閉じ込めたまま、ディアッカは笑いを含んだ声で言った。
「俺よりミリアリアの方がタチ悪いね、無意識に誘ってるんだもん」
「そんなことない!」
「いーやあるね」
絶対無い、と叫ぶ筈の唇は、ディアッカの唇によって塞がれる。
そのまま体重をかけられれば、私はベッドに倒れこむしかない。
ああ、こうなったらもうどうしようもない。抵抗なんて不可能だ。
「ミリアリア……」
甘い声に溶かされて、私は好きな人が私を抱きしめてくれる喜びを感じながら、快楽に酔う。

共に歩いていきたかったトールはもういない。
けれど今再び、共に在りたいと願うひとがいる。
それは、とても幸せなこと。


やや三人称風ミリィ一人称。
間違いなくよそに似たような話があるだろなー、と思いました。
ディアミリでは避けて通れない壁、ってことでどうぞご勘弁。

種の短編については、他の話と全く繋がりはありません。それぞれ設定が違います。
様々なシチュのディアミリとして、一話完結モノとしてお楽しみ下さい。
2005.5.27 イーヴン