DM性別逆転SS 3

蛍光灯の光を反射して輝く刃が振り下ろされる。
あたしはただ無我夢中で避けるしかなかった。
―――のしかかってくる少年の体は温かかった。
憎しみを込めて刃をかざす彼の顔を見上げながら、あたしはやっと気がついた。
これまで、自分がこともなげに撃ち落としていたものが何だったのか。

あの子達はヘリオポリスの民間人なんだよ。法の上では民間人の戦闘行為は禁じられているから、一応軍属扱いになってはいるが……。
―――精神訓練なんて受けてもいない、普通の子供なんだ。
『医務室での騒ぎ』の後、あたしを拘禁室に連行した二人の兵士が告げたのは、想像だにしない事実だった。
ヘリオポリス。あたし達クルーゼ隊が潜入し、Gを奪取して……崩壊したコロニー。
ラスティが死に、ミゲルが死に、あたし達に苦い後味を残した任務だった。
足つき追撃任務という、今なお続く追いかけっこの始まりもここからだった。何度も追いつめながら取り逃がし、ストライクには煮え湯を飲まされ続け、ついにはニコルが死んであたしは捕虜。
要するにこの艦はずーっと戦闘状態だったのに。
―――民間人が、ただの学生が、ビームやミサイルの飛び交う戦場で恐怖に耐えていたというの。自分の死と、友人の死と。
背中がざわざわする。得体の知れない畏怖が喉元にせり上がってくる。
あの眼鏡の行動も、ミリアリアと呼ばれた少年の慟哭も、当たり前のことだった。
誰かが死ねば、その人が特別親しかったなら悲しいのは当然で、そんなのはナチュラルだろうとコーディネイターだろうと関係ないのに。
あたしはなんて無邪気で愚かな子供だったんだろう。
ナイフを振り下ろされるその時まで、敵も同じ人間だということに気づきもしなかった。
持てる能力に奢り、適当に過ごし成り行きで赤を纏い、TOP5の優秀な紅一点ともてはやされて。
賢いはずの頭は考えず疑わずただ命令に従うだけのお飾りで。
戦争のきっかけや理由を知っていたつもりで、その実何も知ろうとしなかった。
争いを忌避するニコルを嗤っていた過去の自分に蹴りをくれてやりたい。
アイツは相手が人間であることを、人間を殺していることを自覚して戦っていた……戦争を一種のゲームとしかみなしていなかったあたしなんかより、ずっと強かったんだ。
今のあたしは震えてる。今頃になって現実に気がついて。
戦争という二文字が、立ち上がれないほどの重みをもってのしかかってくる。
これは誰かの命の重み……ニコルやミゲル……トールって奴の。
仲間が死ねば悲しい、それは誰だって同じなのに。そんな簡単なことにすら気づかずに。
……優しげですらあった少年の顔が憤怒と憎悪に歪むのを目の当たりにした。
額に無知の報いも受けた。
けれどそれより目に焼き付いているのは―――無表情。
あたしが暴言を吐いた直後、泣き顔から全ての表情が抜け落ちて、ほんの一瞬完全に無表情になっていた。
激情が心を埋め尽くす前の、虚ろで闇を落とし込んだようなその顔が、鋭い刃となってあたしの胸に突き刺さっている。
戦争とは何の関係もないところに生きてきた、あたしと同年代の普通の子にあんな表情をさせる……。
―――これが戦争なんだ。


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2005.7.28 イーヴン
2005.8.2 up